終戦の18年後に生まれた私の生活に戦争の影はなく...靖国神社の若者

2019年8月13日

わたしの想い

セミの抜け殻

ここ数日、ほんとうに暑かった!!生涯を終えたセミたちが道路のあちこちに転がっている...😮 散歩途中の生垣にセミの抜け殻がいっぱい。この細かな造形のつま先まで損傷することなく羽化するのってすごいですね~ 昔、子どものポッケによく入っていたなぁ...セミの抜け殻。

セミは儚い一生と思われているけど、実は3年から17年、地中で過ごしている。地上に出るのは子孫繁栄のため。木に卵を産みつけ1週間から1ヶ月で一生を終える。地上の風景を目にするのが1ヶ月あまりということです。写真のセミのお子たちも、来年の梅雨の時期に卵から孵って地上に落ち、モソモソと地中生活を始めます。

さて、もうじき8月15日・終戦記念日を迎えます。
これと言った強い想い入れがあったわけでもなく、ただ何となく靖国神社を訪れたことがある。この場所にまつわる様々な問題はさておき、部屋いちめんの壁に所狭しと貼られた、あまりにも若い青年たちの写真。戦争で命を落とした若者たちだ。その膨大な数に鬼気迫るものを感じました。そして、その一人一人のことを大切に想っていた家族がいたはずです。

よく考えてみると、その戦争が終わって、わずか18年後に私は生まれている。今から18年前というと...38歳か。まだ記憶に新しい。私がもの心をついた頃に戦争を感じさせるものは何もなかった。むしろ楽しい記憶しかない。たった18年なのに。。こんなにたくさんの命がなくなっているのに。悲しみに暮れている暇はない...という時代だったのでしょうか。日本中が空襲で焼け野が原だったのだから。

千の証言:戦争の記憶(投稿)

私が生まれた街にも昔空襲があったと聞く。そして、今住んでいる街にも空襲があったことを示す石碑がある。原爆で多くの命が失われたことはよく知られているが、ほとんどの都道府県が空襲にあい、同じように多くの命が失われたことを知っている人は少ないかもしれない。約40万人もの市民が犠牲になっている。

私が生まれた年には、テレビアニメ『鉄腕アトム』や『キューピー3分クッキング』の放送が開始されている。まだ、あちこちに自然が残り野山を駆け回っていた。高度経済成長期に育ち、昭和61年から平成3年までのバブル景気を経験し、将来を悲観する要素が何もなかった。

で、今はというと...不安の多い時代です。

今日は8月13日。姉の初盆です。花を手向けました。遠くに住んでいる私にだけ、姉は悩みを打ち明けていた。その声が...その哀しみが...私の中に残り...



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